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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)3497号 判決 1996年3月27日

控訴人 在日外国人参政権'

被控訴人 国

代理人 阿多麻子 西田饒 西田茂夫 ほか三名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ金二二五万円及びこれに対する平成四年七月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言(右2につき)

二  被控訴人

主文同旨

なお、仮執行の宣言に対して、担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二事案の概要

一  事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由欄第二記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表二行目の「であつても、」の次に「公職選挙法施行令八八条五項、八九条の二第三項二号所定の書類の添付は届出の効力要件ではないから、不受理とすることは許されず、受理の留保ができるにすぎないのであつて、その場合、届出人の届出意思を確認し、右受理の留保の行政指導に応じないときは、右届出を適法かつ有効なものと認めて」を加える。

2  原判決四枚目裏一〇行目の「措置は、」の次に「民主主義の根幹であるとともに最も重要な基本的人権の一つである参政権を有する者を、届出の実質的要件を満たすにもかかわらず、形式的審査によつて締め出すものであつて、」を加える。

二  当審主張

1  控訴人ら

(一) 仮に憲法上定住外国人に対してただちに選挙権及び被選挙権が保障されないとしても、控訴人李ら旧植民地出身者は、大日本帝国が一九一〇年にいわゆる朝鮮併合により朝鮮を植民地化して以来、自らの国籍を奪われ、強制的に「帝国臣民」とされたうえ、歴史上類をみない大日本帝国の徹底した植民地政策の下で、民族の言語も文化も剥奪され、強制的または半強制的に日本に居住させられてきた者及びその子孫である。

在日朝鮮人は、戦前戦中において、朝鮮人ということでさげすまれ、人に値しない生活を強要されてきたが、選挙権及び被選挙権は保障されていたところ、昭和二〇年一二月改正の衆議院議員選挙法により一方的に右権利を停止され、昭和二二年四月公布の外国人登録令により当分の間外国人とみなされることとして、外国人登録による管理を強要され、最終的には昭和二七年四月一九日の法務省民事局長通達により一方的に日本国籍を喪失せしめられたものである。

また、在日朝鮮人は、戦後の日本の復興にも大きく貢献し、今日の我が国を少なからず支える存在となつており、日本国籍保持者との経済的、社会的、精神的結び付きを強めることにより、彼らなしには日本社会を語り得ない現状となつているというべきであつて、以上のような歴史的経緯と日本における生活実態から判断すれば、在日朝鮮人は、我が国に在住する定住外国人の中でも特別の地位を占めるものであり、定住外国人に対して選挙権及び被選挙権を保障しない日本国における国籍条項や行政上の取り扱いは、控訴人李ら旧植民地出身者及びその子孫に適用する限りにおいて明らかに違憲、違法というべきである(適用違憲)。

(二) 国際人権規約B規約(以下「B規約」という。)二五条の参政権の主体である「市民」は、一つの国家社会の積極的構成員を対象とする概念であり、生活のすべてにわたつて居住国の政治、行政決定に従わざるをえない人々を指すと考えられるから、日本の国籍法に規定する「国籍」概念と同一に解すべきではなく、締約国の国籍の有無に関わらず、その市民権を取得した者を意味するものであり、控訴人らが右市民に該当することは明らかである。

2  被控訴人

(一) 憲法一五条一項は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任命権が国民に存することを表明するところ、憲法前文及び一条が主権は日本国民に存すると規定していることに照らして、右国民とは日本国籍を有する者を対象とすることが明らかであるから、憲法一五条一項にいう公務員の選定罷免する権利の保障は我が国に在住する外国人には及ばないと解するのが相当である(最判平成七年二月二八日民集四九巻二号六三九頁)。控訴人李ら旧植民地出身者またはその子孫たる定住外国人の場合であつても、日本国籍を有しておらず、憲法一五条一項による権利の保障が及ばない者である点においては、他の定住外国人となんら異なるところはないのであるから、公職選挙法九、一〇条の具体的な適用にあたつて、行政庁である選挙長が旧植民地出身者またはその子孫たる定住外国人を他の定住外国人と別異に取り扱う必要はない。したがつて、控訴人らの適用違憲の主張は失当である。

(二) 国際人権規約B規約二五条は参政権の主体を「市民」としているが、同規約上、参政権以外の基本権(七条ないし二二条)の主体はいずれも「すべての者」または「何人」と規定していることに照らして、同規約上、参政権の主体は、他の基本権の主体と別異の概念としてとらえられているものと解されることに、国際人権規約委員会が国際人権規約B規約の解釈を示した一般的意見一五では、「市民」は「外国人」と対義語として用いられ、かつ同七列挙の「条約で定められた外国人の権利」に滞在国の参政権は記載されていないことを合わせ考えると、同規約二五条の「市民」は日本国憲法の「国民」と同一の概念であると解すべきであり、定住外国人に選挙権及び被選挙権を認めないことがただちに同条に反するとはいえない。

第三争点に対する判断

一  当裁判所も本訴請求は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり付加訂正するほかは、原判決事実及び理由欄第三記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目裏一〇行目の「ほかに、」の次に「届出が形式的要件を具備せず、かつ右欠缺を補正することができないことが明らかである場合に」を加える。

2  原判決一〇枚目表七行目の「ため」を「必要があること(公職選挙法三三条によれば、告示と各種選挙の期日との間隔は比較的短期間である)に加えて、後記二判示のとおり、戸籍謄本または抄本の添付の目的は、立候補者が公職選挙法一〇条所定の被選挙権を有することを証することにあり、被選挙権のあることは立候補の絶対的要件であることを合わせ考えると」と改める。

3  原判決一〇枚目裏八行目の「確保」の次に「し、立候補者を被選挙権のある者に限定」を加える。

4  原判決一二枚目裏二行目から同六行目までを以下のとおり改める。

「4 B規約違反の点について(控訴人らの当審主張1(二))について

B規約は一九六六年に国連総会において採択された条約であるところ、それは、一九四八年に「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」(前文)として国連総会において採択された世界人権宣言がその性質上国連加盟国に対して十分な拘束力を有するものではなかつたことから、国際的に尊重遵守されるべき人権の具体的内容を定め、諸般の事情を異にする多数締約国に右人権を尊重遵守すべき法的義務を課することを目的として起草されたものであつて、世界人権宣言とあいまつて国際人権章典の重要部分を成すものであると考えられる。

世界人権宣言二一条一項は、「すべての人は、直接に又は自由に選出された代表者を通じて、自国の政治に参与する権利を有する。」と規定しており、同条二、三項及び一五条の規定をも併せて勘案すると、右二一条は加盟国の国民が自国の政治に参与する権利を保護する目的で定められたものと考えられるのであつて、それが外国人に同様の権利があることを当然に予定しているものとは考え難いところである。そして、B規約二五条は、同条で保障する権利の主体を「市民」に限定しているけれども、同条(C)もまた、すべての市民が有する被選挙権等の公務に参与する権利につき「一般的な平等条件の下で自国の公務に携わること」としているところであり、両者の採択の間には時の流れがあるとはいえ、その趣旨が世界人権宣言二一条一項と異なるものと解さなければならない理由は見出し難く、そこにいう「市民」は「国民」を意味するものであると解釈することは十分可能であると考えられる。ちなみに、B規約第四部に基づく人権委員会の一般的意見も、その一五において「一般規則は、規約の各々の権利が市民と外国人との間で差別されることなく保障されなければならない……。外国人は、規約第二条に定められている、規約で保障される権利に関する無差別の一般的な要求から利益を受けるものである。この保障は、外国人及び市民の両者に適用される」けれども「例外的に、規約で認められた若干の権利が明示的に市民のみに適用されるにすぎない(第二五条)」としており、そこでは「市民」の用語が「外国人」の用語と対置して用いられている。また、その七項に列挙されている「条約で定められた権利」の中にも、滞在国の参政権は掲げられていないのである。

ところで、憲法一五条一項は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明しているところ、そこにいう国民が日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは、憲法前文及び一条の規定に照らして明らかであるから、憲法一五条による権利の保障が我が国に在留する外国人に及ばないものと解される。

以上述べたところからすれば、B規約二五条にいう「市民」は「国民」を意味するものと解するのが相当である。B規約二四条三項は右の解釈の妨げになるものではない。

したがつて、この点に関する控訴人らの主張は理由がない。

5  適用違憲の主張(控訴人らの当審主張1(一))について

明治四三年のいわゆる朝鮮併合により、旧植民地人は、自らの国籍を喪失して日本国籍を取得し(日韓併合条約、同年八月二九日公布)、以後、「帝国臣民」として選挙権及び被選挙権を認められていたところ、昭和二〇年一二月改正の衆議院議員選挙法により右権利を停止され、昭和二二年四月公布の外国人登録令により当分の間外国人とみなされていたが、日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日発効)により日本国が朝鮮の独立を承認し、朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄した結果、これらの人々が日本国籍を喪失することとなつたことは、当裁判所に顕著である。

我が国内在住の朝鮮併合による旧植民地出身者及びその子孫が、それ以来、我が国社会において無視し難い役割を果たしつつも、異邦人として苦難の生活を強いられてきたものであり、在日朝鮮人が我が国に在住する定住外国人の中で特別の地位を占めていること並にそこにいたる歴史的経過を考えれば、定住外国人たる朝鮮併合による旧植民地出身者及びその子孫に対しては、過去及び現在における不当な処遇を可及的速やかに是正し、我が国社会に対する寄与貢献にふさわしい処遇を受けることができるよう十分の配慮をなすべきことは明らかである。しかし、それは参政権以外の分野の人権に関して言い得ることであつて、参政権の場合を同断に論じることはできない。すなわち、参政権はその国の政治に参加する権利であり、特に選挙権と被選挙権とは国家意志の形成に参与する国民固有のものであつて、前示のように憲法一五条による権利の保障は我が国に在留する外国人に及ばないと解されること、世界人権宣言及びB規約の外国人に対する参政権の保障に関する前示の態度、さらには、諸外国においても地方選挙での例は別として国政選挙の被選挙権を定住外国人に与えているわけではないことを併せ考えると、控訴人らが当審主張1(一)で主張している諸事情が、控訴人らが主張する範囲の人々に対して必然的に国政選挙への参政権を認めなければならない決定的な理由となるものとも認め難いところであつて、定住外国人に対して選挙権及び被選挙権を保障しない日本国における国籍条項や行政上の取扱が、控訴人李ら旧植民地出身者及びその子孫に適用する限りにおいて明らかに違憲、違法となるということはできない。したがつて、右主張もまた理由がない。」

二  よつて、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 古川正孝 三谷博司)

【参考】第一審(大阪地裁 平成五年(ワ)第一三八四号 平成六年一二月九日判決)

主文

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各金二二五万円及びこれに対する平成四年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが参議院議員選挙に際し、立候補届出をしたところ、選挙長がこれを受理しなかったことにより、選挙運動を阻害されたとして、国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事案である。

一 争いのない事実等

1 原告在日外国人参政権'う。)は、平成四年六月一日、政治資金規正法六条一項に基づき設立された政治団体であり、在日外国人を構成員とし、代表者を原告李英和(以下「原告李」という。)とする。そして、在日党は、綱領として、「人種差別・民族差別に反対し、基本的人権の擁護に努め、民主主義を発展させるために、日本に定住する外国人の政治的自由と権利、参政権の獲得をめざす」ことを掲げ、団体の性格については「綱領を自主的に実践する在日外国人の個人が自発的に参加する政党である」としている。(争いがない)

2 原告李は、朝鮮を国籍とし、大阪府堺市で出生した在日朝鮮人三世であり、いわゆる特別永住者であって、○○大学講師として勤務するほか、原告在日党の設立当初から、その代表者として中心的に活動してきた。(原告李本人尋問)

3 原告在日党は、平成四年七月二六日執行の参議院比例代表選出議員選挙(以下「本件比例代表選挙」という。)の公示日である同月八日、在日党に所属する者一〇名を同選挙における候補者にするため、当選人となるべき者の間における順位を記載した名簿を本件比例代表選挙選挙長に届け出るとともに、右名簿登載者ら全員の外国人登録済証明書を添付して提出した。(争いがない)

4 本件比例代表選挙選挙長は、原告在日党に対し、右同月一三日付で、右名簿登載者らの戸籍謄本又は抄本の添付がないことを理由として、右届出を受理しない旨通知した。(争いがない)

5 原告李は、同月二六日執行の参議院大阪府選挙区選出議員選挙(以下「本件大阪府選出選挙」という。)の公示日である同月八日、同選挙の候補者になるため、本件大阪府選出選挙選挙長に対し、立候補届出書を提出し、これに原告李の外国人登録証明書を添付して、右選挙についての立候補届出をした。(争いがない)

6 本件大阪府選出選挙選挙長は、原告李に対し、同月一六日付で、原告李の戸籍謄本又は抄本の添付がないことを理由として、原告李の右届出を受理しない旨通知した。(争いがない)

二 争点

1 原告らの主張

(一) 選挙長の権限及び立候補届出不受理の違法性

(1) 公職選挙法(以下「公選法」という。)違反について

本件比例代表選挙及び本件大阪府選出選挙の各選挙長は、原告らの各立候補届出について、形式的審査権を有するものの、たとえ形式的要件を具備しない立候補届出であっても、これを受理したうえで、却下すべきであり、右瑕疵ある届出を不受理扱いとすべき公選法上の根拠はない。したがって、右各選挙長の不受理の処置は、同法八六条の二、八六条に違反する違法行為である。

(2) 公職選挙法施行令(以下「施行令」という。)違反について

ア 施行令八八条五項、八九条の二第三項二号では、立候補届出書に立候補者の戸籍の謄本又は抄本の添付を要する旨規定しているところ、その趣旨は、専ら届出者と候補者又は当選人となるべき者の順位を記載した名簿の登載者との同一性を確認するための資料の提出を求めることにある。したがって、右規定は人物の同一性を確認するための資料の例示であり、原告らの各立候補届出に添付した外国人登録済証明書ないしは外国人登録証明書は、右規定によって求められた必要書類添付の要件を具備し、充足させるものであった。

イ 仮に、右規定所定の添付書類が戸籍の謄本又は抄本に限定されているとすれば、定住外国人の有する被選挙権を侵害するものであり、かつ、国籍により定住外国人を差別する結果をもたらすものであるから、右各規定は、次のとおり、憲法一五条、一三条、一四条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約B規約」という。)二五条一項に違反し、無効である。そして、原告らの各立候補届出を受理しないこととした各選挙長の措置は、右各規定に違反する違法行為である。

(3) 憲法及び国際人権規約に対する違反について

ア 在日韓国・朝鮮人の大半は、戦前戦中に日本の植民地支配のもとにおいて、強制連行され、又は生活のため止むを得ず渡航し、日本国内に定住するようになった者及びその子孫である。そして、本件比例代表選挙における原告在日党の前記名簿登載者及び原告李は、日本で出生し(但し一名は、三歳時に来日した)、勉学し、労働し、その生活歴のすべてが日本国内にある特別永住者である。また、在日韓国・朝鮮人は日本社会の構成員として納税義務を負担している納税者でもある。

イ 憲法一五条一項では、公務員を選定罷免することが国民固有の権利であると規定しているところ、同規定上の「国民」は必ずしも日本国籍保持者を指すものではなく、これを如何に解するかは、国民主権の概念をいかなる趣旨と捉えるかに関わっている。ところで、国民主権の実質は、人民による自己統治であり、政治的決定に従うものは当然その決定に参加できなければならないという民主主義の原理と結びつく。したがって、その政治社会における決定に従わざるを得ない構成員たるすべての市民が主権者である。

また、「代表なきところに課税なし」との近代立憲民主主義の基本理念に照らすと、納税義務者は、租税の徴収と使途につき主体的に決定し、あるいは批判する権利を当然に持ちあわせなければならない。したがって、納税者は主権者であることが必要である。

よって、原告ら定住外国人は、主権者であり、憲法一五条により、選挙権及び被選挙権が保障されている。

ウ 次に、日本国が批准している国際人権規約B規約二五条では、「すべての市民は、直接に、又は自由に選んだ代表者を通じて、政治的に参与する権利を有している。」旨規定している。同条が、その権利主体を「国籍を有する国民」とはしないで、「すべての市民」としているのは、国籍保持者に限らず、社会の構成員と認められる者には、選挙権を付与する趣旨である。

したがって、原告李ら定住外国人は、右規約によっても、選挙権及び被選挙権が保障されているところである。

エ 施行令八八条五項、八九条の二第三項二号に基づく立候補届出書添付書類が戸籍の謄本又は抄本に限定され、これを提出し得ない在日韓国・朝鮮人の立候補を制限する趣旨であるとすると、投票日には帰化して日本国籍になるものの、立候補届出時にはいまだ外国人である者の立候補の権利及び自由を侵害することになる。

オ そうすると、施行令八八条五項、八九条の二第三項二号だけでなく、その根拠法条となっている公選法一〇条、八六条四項、八六条の二第二項についても、憲法一五条、一三条、一四条、並びに、国際人権規約B規約二五条に違反する規定であるといわなければならない。

(二) 原告らの損害

(1) 原告在日党は、本件比例代表選挙について、同選挙選挙長による立候補届出受理の拒否によって、その候補者の立候補及び選挙運動ができなくなった。そのため、原告在日党所属候補者の被選挙権及び原告在日党の選挙活動の自由が侵害され、有形・無形の著しい損害を被った。

(2) 原告李は、本件大阪府選出選挙について、同選挙長による立候補届出受理の拒否によって、立候補及び選挙運動ができなくなった。そのため、原告李は、その被選挙権及び選挙活動の自由を侵害され、著しい精神的苦痛を被った。

(3) 原告らの右損害を慰謝するためには、各二〇〇万円の賠償が必要であるところ、本件訴訟の提起及び遂行のための弁護士費用として各二五万円の出捐を余儀なくされたので、これについても賠償支払を求め、かつ、原告らの各立候補届出についての受理拒否行為がなされた日の翌日である平成四年七月九日から右各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 被告の主張

(一) 選挙長による立候補届出に対する審査権限

本件比例代表選挙及び本件大阪府選出選挙についての原告らからの各立候補届出の適否につき、各選挙長は形式的審査権を有し、届出書類に必要事項の記載のない場合や必要な添付書類が添付されていない場合には、届出の受理を拒否することができる。

(二) 施行令による形式的要件の趣旨

施行令八八条三項及び八九条の二第五項では、立候補届出における候補者又は当選人となるべき者の間における順位を記載した名簿登載者の氏名は、戸籍簿に記載された当該候補者又は右名簿登載者の氏名を記載しなければならない旨規定され、また、公選法八六条三項及び同条の二第二項一号では、立候補の届出書には、候補者の本籍の記載が必要である旨規定されている。更に、同法一〇条では、同法三条所定の公職公選のための選挙について、被選挙権を有する者を日本国民に限定している。そして、日本国民の身分関係及び本籍を公証するものは戸籍簿であり、その公的呼称は戸籍簿に記載された氏名のみである。そこで、選挙長が、候補者又は名簿登載者の氏名が戸籍簿に記載された氏名と同一であること、及び候補者の本籍が記載されていることを戸籍の謄本又は抄本によって確認することを求めるため、施行令八八条五項、八九条の二第三項二号で、立候補届出書に、戸籍の謄本又は抄本の添付を求め、選挙長の権限及び義務として規定されている。

(三) 本件比例代表選挙及び本件大阪府選出選挙について、各選挙長は、原告らから提出された立候補届出書について形式的審査を加えたところ、施行令八八条五項、八九条の二第三項二号所定の戸籍の謄本又は抄本の添付がなされていなかったため、右各届出を不適法な届出であるとして、受理しない旨の処分を決定し、その旨通知した。したがって、右各選挙長の右各処分に違法性はない。

3 中心争点

(一) 選挙長は、立候補届出書についての形式的審査権を行使して、右届出を受理しないこととすることが許されているか否か。

(二) 施行令に基づく立候補届出書添付書類として、外国人登録済証明書又は外国人登録証明書を提出することの適否。

(三) 在日韓国・朝鮮人に被選挙権を認めない趣旨の公選法上の規定は、憲法及び国際人権規約に違反しているか否か。

第三争点に対する判断

一 中心争点(一)について

1 公選法上、選挙長は、当選人を決定する手続としての選挙会に関する事務を中心になって担任すべき権限と職責を負う(公選法七五条、八〇条)。そして、公職の候補者となろうとする者、すなわち立候補者は当該選挙長に対し、文書でその旨を届け出なければならない。この届出文書提出の際には、同時に、参議院比例代表選出議員の選挙以外の選挙においては、公選法八六条三項により右立候補届出書に候補者となるべき者の氏名及び本籍等を記載するほか、施行令八八条五項により、候補者の戸籍の謄本又は抄本を添えなければならない。また、参議院比例代表選出議員の選挙では、公選法八六条の二第二項七号、施行令八九条の二第三項二号により当選人となるべき者の間における順位を記載した名簿登載者の戸籍の謄本又は抄本を添えなければならない。

2 選挙長は、その権限と職責に基づき、立候補届出書及びその添付書類について、公選法及び施行令等に基づく形式的要件が具備されているか否かの点について、審査しなければならない。この審査は、事実行為としてなされる書類の授受における受付事務ではなく、右趣旨に基づく法的観点からの検討であって、その審査結果は、法的意思の表明を含む法的判断であるから、行政処分行為に該当する。そして、選挙長の職務権限及び右審査の法的性質からすれば、審査の結果、届出行為を受理することのほかに、これを受理しないとすることも包含されているものと解するのが相当である。なお、右審理を誤って受理した場合に、先になした受理を取消し、あるいは受理を却下するとすることがあるとしても、これは別論である。

3 原告は、「選挙長には右趣旨での立候補届出に対する不受理を決定する権限がなく、すべての立候補届出書を受理したうえで、形式的要件を欠くときは、右届出を却下するほかはない。」旨主張する。

しかしながら、右判示の点のほか、選挙が適正・迅速に執行されることを確保するため、立候補届出書及びその添付書類についての前記各法条はいずれも届出の効力要件と解すべきものであるうえ、原告主張の審査方法によるときは、かえって選挙運動が開始されていた場合等における事態の混乱を招くおそれもある。したがって、原告の右主張は採用できない。

4 したがって、原告らの本件各選挙における届出に対し、各選挙長がいずれもこれを受理しないこととして、その旨通知したことは、公職法に基づく処分であって、原告らの主張(一)(1)の違法性を認める余地はない。

二 中心争点(二)について

公選法の前記一記載の各法条によれば、立候補届出書には候補者の戸籍の謄本又は抄本を添付すべきところ、その趣旨及び目的が候補者となろうとする者の特定にあることはもとよりのところ、更に、選挙の適正・迅速な執行を図るため、形式的要件を定めることによって、実質的要件としての被選挙権の有無の審査に先行させ、その確実な履行を確保することによって、当該選挙の本旨を全うさせることにあることも明らかである。したがって、原告在日党については、公選法八六条の二第二項七号、施行令八九条の二第三項二号に、原告李については、公選法八六条四項、施行令八八条五項に各所定の「戸籍の謄本又は抄本」を添付書類として提出すべきであることは、公選法一〇条に照らしても、立候補届出の効力要件であり、添付書類として、限定的に解釈すべきものである。したがって、原告らが提出した外国人登録済証明書ないしは外国人登録証明書をもって、これに代えることは公選法の予定しないところであると解される。

そうすると、原告らの立候補届出について、本件各選挙長のなした不受理処分及びその通知は、いずれも公選法に基づく措置として適法であり、原告らの主張(一)(2)の違法事由は存しないというべきである。

三 中心争点(三)について

1 外国人の選挙権及び被選挙権について

選挙権及び被選挙権は、憲法一五条によって保障されているところ、右権利は、国民主権原理に基づくものであるから、同条の「国民」とは、日本国籍を有する者のことであることは明らかである。したがって、憲法一五条に基づく国会議員についての選挙権及び被選挙権の保障は、日本国籍を有しない者(以下「外国人」という。)には及ばない。

2 定住外国人の選挙権、被選挙権について

原告らは、日本に定住する在日韓国・朝鮮人を初めとする外国人(以下「定住外国人」という。)が日本の政治決定に従わざるをえないことをもって、国民主権原理における「国民」に該当する旨主張する。しかしながら、外国人の日本国内における滞在期間が長くなることにより、日本法の適用を受ける期間が長くなるにしても、定住性の点をもって、他の外国人と殊更異別に解する憲法上の理由については、憲法一三条、一四条に照らしても、これを見出し難いというほかはない。そして、納税義務を負担していることを理由とする原告らの主張についても、右と同一であり、国会における決議事項が租税に関わる事項に限られないことに照らしても、選挙権ないし被選挙権の保障に関し、定住外国人が他の外国人と異なるとは解されない。

3 原告ら指摘の事例について、原告らは、外国人に憲法一五条の権利保障が及ばないとして、立候補届出の際に戸籍の謄本又は抄本を添付できないときは、立候補自体が制限されると解するとすると、立候補届出時点では外国人であったものの、その後の投票日には帰化して日本国民となった者の立候補の権利をも侵害することになると主張する。しかしながら、立候補の権利は被選挙権の存在を前提とするから、その可能性の存在だけでは足りないというべきであり、立候補の時点で外国人である以上、その権利を侵害することにはならないことが明らかである。

4 国際人権規約違反の点について

国際人権規約B規約二五条では、選挙権を保障し、その権利主体を「すべての市民」と規定するが、右規定が、締約国における国籍保有者の選挙権のみならず、定住外国人の選挙権まで保障する趣旨であると解することはできない。

四 以上によれば、本件における原告らの各届出は、戸籍の謄本又は抄本の添付を欠く無効なものであり、各選挙長には右届出の受理を拒否する権限があったと認められるから、各選挙長の不受理行為が憲法、国際人権規約B規約及び公選法に違反するものであるとは認められない。

よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 伊東正彦 佐藤道明 丸山徹)

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